教 育 と 文 化  

     寺子屋の先生の徳を称える碑                    
         今から275年前、寺子屋の生徒達が、先生
         の33回忌(天明元年・1722)に、先生の徳
         を称えて建立したものである。         
          先生の名は佐々木善兵衛昌豊、気仙郡唐
         丹村の人、幼いときから学問を好み、10歳
         の頃仙台に遊学して易・神道・和歌・書に通
         じ、唐丹に帰って寺子屋を開き学問を教える。
           

          碑文によると、人柄は立派で謹み深く、父母や隣人、知人を愛し、自分
         は倹約して、善く人々に尽くした。村の人達はその徳を称え、主君や祖父
         母のように尊んだ。とある。
         先生は寛延3年(1750)4月28日、47歳で没す。
           


            寺小屋から学校へ  

学校 唐丹の教育は、藩政時代から寺子屋教育が盛んであったため、明治政府が学区制を施行すると、いち早く学校を設立させた。

  明治6年に創立されたのは、唐丹・小白浜・大石・釜石の各小学校の4校のみであった。そのうち3校が唐丹村で創立。

現釜石市内において唐丹地区の小学校が一番早く創立されたのである。
  小白浜小学校は盛岩寺に創立された。


    釜石市立唐丹小学校
明治6年創立の伝統があり釜石市内では最も古い小学校で
ある。創立記念日に、児童は各地区毎の伝統芸能をお披
露目している。

学校新聞は、総理大臣賞・文部大臣賞など各賞を受賞し
て、全国的に知れ渡っている。
学級新聞や個人新聞など学校全体で取り組んでいる。
    釜石市立大石小学校
釜石市内では、唐丹小学校に次ぐ伝統のある小学校であ
る。
児童数は6名と少ないが、運動会は地区民総出で開催され
ている。

昭和51年・学習映画社制作『ごん太と呼ばれた犬』のロケ
ーションの舞台となる。           
 平成13年3月31日閉校
    釜石市立唐丹中学校
昭和22年の学制改革により創立、50周年を迎える。

記念事業として、作曲家山本直純氏へ『唐丹賛歌』『勝利の
歌』の曲を依頼。

来校して全生徒の歌唱指導をかねて地区民に披露する。

地球の微動を説いた江戸期の学者 葛西昌丕の業績


        唐丹の方言考


唐丹は釜石市に合併する前は気仙郡であったため、伊達訛というか気仙訛である。船運
が盛んな所は色々な地方の訛が混じっていて、一概に当地固有の訛とか気仙訛とかいえ
ないものもある。

釜石は藩境の石塚峠を境に南部訛と唐丹の気仙訛とに分かれる。
訛にはガギグゲゴなどの発音は濁音と鼻濁音があり、また独特のアクセントもあって、今の
若い人達は発音も出来ないだろうし、下表の訛も理解できないものが多い。
 標準語    方 言     標準語    方 言     標準語     方 言  
呆れる アキレソッケ゛アッタ あげましょう アゲインスペイ いらっしゃい キサッセン
行きましょう アバッセン テッチョ うるさい セヅネ
お上がり下さい アガラッセン おたまじゃくし ゲィアーラゴ 可愛い メゴコイ
くすぐったい コッチョガシイ 気の毒 モッケ 祝い事 オフルメェー
座る ネマル 擂り鉢 カアラゲ 疲れた コエーア
茶の間 オガミ 土瓶 キビッチョ 怠け者 セヤミ
兄さん アンヤ 退いて下さい サラッセン 剥がす ヘッペガス
眩しい マツポイ 割れる ワッチャゲル 私ども オラアド


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