石を投げるおばあさん
                       紫波町・蟠龍寺住職・中野英明老師


 九十二歳の天寿を全うされておばあさんがおりました。このおばあさんはいつも道路の脇に腰を掛け、通る人を眺めておりました。それがおばあさんの日課でしたので、誰も余り気にかけなかったのでした。
 
 実はある日、おばあさんが不思議な行動をしているのを見てしまったのでした。おばあさんは腰を掛けたまま、おぼつかない手で一生懸命に周りの小石を拾い、自分の足元に並べていたのでした。

 やがて、その内の一個を手に持ち、道路の向かい側の方に投げるのでした。気になったものですから、おばあさんに近づき、「おばあさん、どうして石を投げるの?」と、耳が遠いので、大きな声で尋ねました。
 
 すると、おばあさんの口から意外な言葉が返ってきたのでした。「向かいのゴミに寄ってくるカラスばかりでも、追い払ってやりたいと思って・・・」その日は生ゴミの収集日でした。そして「もう年をとって、なかなか他人様のお役に立てなくなってしまったので、せめてこのくらいのことは・・・」と話されるのでした。
 
 その後、何回かお会いしたのですが、いつも口から出る言葉は感謝、感謝の言葉でした。お嫁さんに感謝、家族に感謝、近所の皆さんに感謝。おばあさんからは一言も愚痴を聞いたことはありませんでしたありませんでした。
 
 年を取られ、歩くことも思うようにならないおばあさんが、何とかして他人様のために尽くしたい、尽くす喜びとして生きてこられたのです。
 
 おばあさんの生きている限りの願いであった「他人様の為に生きる」ということを、これからの人生の指針として生きて行きたいものであります。