猫の話     
                     田野畑村・宝福寺住職・岩見百丈


どこに行ったのか、この頃は見えなくなりましたけ
ど、かって、うちの本堂の屋根裏にメスの野良猫
が半分住み着いたようなときがありましてね。
私は猫好きなもんで、カミサンにうちに入られたり
して困るからやめなさいよ、と言われながらも餌
をやりやりしてたんです。

そのうち私に慣れて、お腹が空くとそれこそ猫撫
で声で「ニャーゴー」。とやってくるようになりまし
て、その猫が屋根裏で子供を産んだんです。
で、それからしばらくの間、餌をやると、自分が食
べる前にそれをせっせと屋根裏に運んでいくん
です。

そして、そのうち子供たちを屋根裏から連れ出す
んですが、(何しろ野良猫ですから、いくら私でも
やっぱり警戒しますよね)ひなたぼっこか何かし
ながら子供たちを遊ばせているところに通りかか
ったりすると、それだけで「フーッ!」とやる。母親
の本能というやつですね。

その猫が、子連れで餌をもらいに来ることがある
んです。親も子も、きっとお腹がペコペコになって
来るんですね。餌をやるとみんなガツガツ食べて
ます。

ところで、そのペコペコの子連れ猫に私が餌を持
っていったとき、その親猫はどんな反応をすると
思います?餌が欲しいときは猫撫で声の「ニャー
ゴー」。子供のそばに行くと威嚇の「フーッ!」。何
と、その二つをやっちゃうんですよ。「ニャーゴー
 フーッ! ニャーゴー フーッ!」とね。

自己保存の本能と種族保存の本能故のジレンマ
ですか?ついプフッと笑っちゃうんですが、ふっと
考えさせられるものがあるんですよね。自分はこ
の猫ほど本気で生きてるんだろうか、子育てして
るんだろうかって。

やれ「しつけ」だ「教育」だ「健全育成」だと言葉で
は言うけど、その根本となる具体的な条件といっ
たら、何なんでしょうね。私は、あの猫からそれを
教えられたような気がして仕方ないんですよ。