火事で得たもの
              金ケ崎町・泰養寺副住職・渡辺善幸


 私のお寺で一昨年火災に遭いまして本堂を全焼致しまし
た。それこそ真夜中の突然の出来事で本堂内の仏像、仏
具の一切を焼失しました。後に失なった物の多さに驚く中、
得たものも有りました。

 得たものと言いましても保険金やお見舞いではなく、この
時の体験で初めて同じ様な災難に遭われた方々の気持ち
を垣間見る事が出来たことです。

  『冷暖自知』とでもいうのでしょうか。冷たい、暖かい、辛
い、悲しい等は、その人自身が実際に体験しなければ言葉
や文字では理解出来ないということです。

 恥ずかし乍ら今までは消防車がサイレンを鳴らしてると野
次馬根性まる出しでした。「災難に遭った方は本当にお気
の毒だ。」と思い乍らも内心自分の処でなくて良かったと、こ
れが本音でした。

 『わが身が可愛い』のは人間の本能ですから自分の幸福、
我家の安全を第一にと考える事は決して悪いことでは有りま
せん。

 しかし、これをつき進めていけば、他人の不幸を代償に自
分の幸福を手にする事になりかねません。

 今回の火災の体験で、この自分の中のエゴ、利己愛の強
さにきがつかされたのです。

 まだ小さな息子に「お寺どうして火事になったの。」と聞か
れ返答に困りました。

  「あの火事はね、火のこわさを皆に知らせる為に仏様が
私達にプレゼントしてくれたんだよ。」