自然と同一の命を一緒になって

                          釜石市・盛岩寺住職・三宅俊禅


  豪雪地として有名な岩手県和賀郡沢内村に草木供養塔がありす。高さ1メートルほどの苔むした石塔です。
 由来を伺ってみると、ここは山からの恵みものを得て生計を立て、それを基盤としていた。昔から木を伐採するときは、木に申し訳ないとお詫びしてから切り始めたそうです。

 また山菜や木の実などの山からの恵みものに頼る人々が、草や木の実の成仏を願い、感謝と祈りをこめて供養塔を建てたといいます。

 まさに当時の人々は、自然と対立せず共存を計り、自然と同一の命を一緒になって生きていたのです。石塔に文久3年と刻まれているので、今から134年前のことです。

 道元禅師様は『而今の山水 古仏の現成なり=只今こころの眼の前に広がっている自然の一切はほとけの真実のお姿なり』とこう申しております。

 そして『峰の色 谷の響きも 皆ながら 吾が釈迦牟尼の 声と姿と』とお詠みになりました。
 
 峰のたたずまいや、谷川のせせらぎ、草も木も石も土も、光や風の音にも、釈迦牟尼仏の声と姿を見て、一切天地のありとあらゆるものを尊敬しなさいと申しております。

 自然との共存、それを活用するところに、人間の尊さがあり、水一滴でも、木の葉一枚でも、吾が命と気がついた時、天地自然の中に生かしていただく世界が広がるのです。